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家族の人
いつもボランティアに来ている児童福祉施設で、晴香と霞は施設の職員である神根三奈とお茶の時間を過ごしていた。
施設の子供たちは行政の援助により市営の動物園に遊びに行っている。
子供たちが留守の間、施設内の大掃除をしていたのだ。
晴香と霞はその手伝いにやってきて、無事終わらせた後でティータイムと洒落こんでいるのだった。
テーブルの上には晴香が持ってきた手作りクッキーが置かれていた。
「今日はありがとう、二人とも。おかげで助かっちゃった」
お礼を言う三奈に、晴香と霞は微笑する。
「これくらいでしたら、いつでもお手伝いしますよ」
「いつでも声をかけてください。まあ、その、私は不器用なので、晴香さんや三奈さんの足を引っ張ってしまっていましたが……」
霞はちょっとバツの悪そうな表情を見せた。
「うふふ、霞ちゃんももうちょっと家事がうまくならないとね。花嫁修業も兼ねて」
三奈の言葉に、霞は顔を赤くして焦る。
「は、花嫁修業って……相手もいないのに、そんな……」
「あら、霞ちゃんは気になる男の子とかいないの?」
三奈に問われ、霞は一瞬脳裏に浮かんだ黒髪を慌てて頭から追い出した。
「い、いませんよ、そんな人!」
否定する霞の横で、晴香が笑みを浮かべる。
「もしも霞ちゃんにそういう相手がいるなら、莉々奈さんが黙っていませんね」
二人の通う国際教導学園の理事長、百合瀬莉々奈は、霞の後見人となったことで、霞を妹として隙あらば可愛がっているのだった。
「うう……莉々奈さんならあり得るのが怖い……」
決して嫌がっているわけではないが、家族に捨てられた霞は、その距離感に戸惑ってしまうのだった。
「そういう晴香ちゃんは? 誰かいないの?」
三奈は晴香にも聞いてくる。
「私は……」
先ほど霞の頭から追い出された黒髪のゴーグル男が、今度は晴香の胸の中で自己主張を開始する。
晴香は咳払いをして、その男の存在に蓋をした。
「……今は別に、いないですね」
三奈は晴香の声音に何かを感じ取ったが、それ以上追及はしなかった。
「そ、そういう三奈さんはどうなんですか?」
霞が言うと、三奈は微笑を浮かべながら首を横に振る。
「今は子供たちの相手で精いっぱい。そういうことを考える余裕はないかな」
三奈の言葉に、晴香は微笑む。
「施設の子供たちのお世話に本当に一生懸命ですよね、三奈さん」
三奈は紅茶の入ったカップに口をつけて頷く。
「そうね。ここの子供たちのことを見てると、何だか昔の自分を見てるみたいで、放っておけなくて」
「昔の自分……ですか?」
霞は三奈の顔を見つめる。
三奈はカミネラという名前のデプレダの工作員として、キールを追って並行世界の過去へとやってきた。それ以前のことは晴香も霞も詳しくは知らなかった。
「私が孤児だったって話は、もうしたわよね?」
「あ、はい……」
晴香の表情がわずかに暗くなる。
孤児だったカミネラはデプレダという魔界の組織に拾われ、工作員となるべく育てられた。そのことは聞かされている。
「デプレダは魔界の組織だけれど、ロアにも根を張っていてね。人間の構成員を何人も抱えていたわ。私は組織の中で育てられて、工作員としての教育を受けていたの」
「そうだったんですか……」
三奈の過去に、霞は神妙な顔をする。
霞自身も親に捨てられ、魔法戦士となるべく政府の機関で訓練を受けていた。政府と魔界の組織では環境がまるで違うだろうが、共通する思いがあるような気がした。
「私の他にも子供はたくさんいたけれど……訓練についてこられなかった子は、容赦なく切り捨てられていたわ……」
語りながら、三奈は瞳を伏せた。
「子供の私には何もできなくて……自分が生き延びるのに必死。だから今、子供たちの力になれて幸せなのよ」
「三奈さん……」
三奈の秘めた思いを聞き、晴香も霞もしんみりとなってしまう。
そんな空気を吹き飛ばすように、三奈は笑顔を見せて言う。
「もう、そんな顔しないで。今はあなたたち魔法戦士のおかげで、こうして普通の日常を暮らせているのだし。二人にも感謝しているのよ」
「そ、そんな。私たちは何も……」
「そうですよ、どちらかというと、莉々奈さんとか他の魔法戦士のお力が大きかったんですから……」
デプレダの工作員だった三奈が市井の中で暮らせているのは、百合瀬財団の総裁である莉々奈が後見人であるというところが大きい。
そう思って謙遜する晴香と霞に、三奈は悪戯っぽい目を向ける。
「誰かのおかげっていうなら、キールのおかげっていうところもあるかも。彼が魔法戦士と協力してくれたから、あの時の大怪獣を倒せたんだし」
「キ、キールですか?」
キールの名前が出て、晴香の表情が一瞬揺れる。
隣で霞も何とも言えない表情をしていた。
「彼、何だかんだと言っても、最後には甘いのよね。昔から思っていたけど、ティアナ様譲りで顔立ちは整っているし、並行世界のご落胤とはいえ、王子様だし。もし言い寄られたら、ぐらっときちゃうかも」
そんなことを言い出した三奈に、晴香も霞も椅子から立ち上がるほど慌てた。
「み、三奈さん!? え!? そ、そんな、えっと、え!?」
驚きすぎて言語化能力を喪失してしまっている晴香の隣で、霞がまくしたてる。
「そ、そんなのダメですよ! キ、キールはその、悪人ですし! 三奈さんにはもったいないです! あんな奴! も、もっとふさわしい人がいるはずです!」
真っ赤になって立ったり座ったりしている二人を見て、三奈は我慢できないといった風に吹き出した。
「うふふ、冗談よ。もう、そんなに慌てちゃって。二人とも可愛いんだから」
笑い混じりにそう言われ、からかわれていたことを知った晴香と霞は、耳まで赤くして大人しく椅子に座った。
ひとしきり笑った後、三奈は赤くなって俯いている二人に真面目な口調で言う。
「キールは確かに悪いこともたくさんしてきたけれど……後戻りできなわけじゃない。未来の情報だからあまり教えることはできないけど、キールは生まれつきの悪人でもないの」
「そ、そうなのですか……?」
晴香はわずかに身を乗り出す。
「キールは色々な勢力に狙われていたから、生まれてからずっと逃亡生活を続けていたわ。その間、悪事を働いたという情報はほとんどないの。ただ、ある時期を境に、キールは魔王の血脈の片鱗を見せ始めた……」
「ある時期……ですか?」
霞が続きを促す。キールの過去には霞も大いに興味があった。
「何があったのかは私も知らない。ただ、彼は一晩で街を一つ滅ぼすほどの破壊活動を行った。キールが本格的に危険視されるようになったのは、その事件以降ね」
街を滅ぼしたと聞き、晴香は神妙な顔になる。
「キールがそんなことを……一体どうして……」
晴香が知っているキールは、己の野心のために暴威を振るうことはあっても、無意味な破壊活動を行うことはなかった。
三奈は晴香と霞を見つめながら語り掛ける。
「彼が魔道を歩むようになったのは、その時に起きた何かが原因になっているのだろうと私は思うの。それが何かわかれば、もしかしたら正しい道に引き戻せるかもしれない。それができるのは、きっとあなたたち魔法戦士だけ」
三奈のまっすぐな視線を、晴香と霞は真剣な表情で受け止める。
「はい。もしもそうできるのならば、必ず」
晴香の言葉に、霞も頷いた。
二人の表情を見て、三奈は笑顔になる。
「お願いね。あなたたちならきっとできるわ」
そう言って、カミネラはカップに口をつけようとするが、中身は空だった。
「あ、私、淹れてきます」
晴香は立ち上がると、三奈と霞のカップを持って台所に向かった。
台所に向かった晴香を見送りながら、三奈は晴香が作ってきたクッキーに手を伸ばす。
「うふふ、霞ちゃんももう少し素直にならないと、晴香ちゃんにとられちゃうわよ?」
何のことを言っているのか伝わってしまい、霞は仏頂面を赤く染める。
「わ、私は別に全然そんなのじゃありませんし、晴香さんがそんなことになるなんて認めませんから」
怒ったように言いながら、霞も晴香の手作りクッキーを口に運んだ。
「お茶、淹れてきましたよ」
そう言って戻ってきた晴香が見たのは、テーブルの上に突っ伏している三奈と霞の姿だった。
「……あら? 二人ともどうしたのですか?」
問いかけても、二人は返事をしない。
見ると、その口元にはクッキーの粉が付着していた。
「クッキー食べたら眠くなっちゃったのかな? おかしいな、体力が回復するように健康にいいものをたっぷり入れた特製クッキーだったんだけど……」
晴香は自分が作る健康料理の破壊力を、いまだに知らないのだった。
