その部屋は、闇に席巻されていた。
暗闇の最奥では押し寄せる黒に抗うように炎が瞬いている。薪を食らって爆ぜる橙には地獄の釜の如き大鍋がかけられており、その傍らにたたずむシルエットが、杖に似た混ぜ棒で中身を撹拌していた。
その人物が闇色のローブを纏っているせいか、手にした棒の醜悪な曲がり具合のためか、それとも粘液質な鍋の中身がこぽこぽと気泡を噴き上げているせいか。さながらそれは、禁断の呪術のようだった。
どれほどの間、そうしているのだろうか。剥き出しの岩壁は立ち上る湯気に濡れそぼり、鍋を炙るオレンジにてらてらと光っている。燈火が微風に揺れるたび、嗤っているように壁の陰影が踊った。
と……
鍋を混ぜる手が止まった。琥珀を限界まで煮詰めたような液体を見る、ローブの下の顔。紅の引かれた唇が、こらえきれぬ随喜につり上がる。
だが、彼女の喜びを邪魔する者が現れる。
破裂音。
前後して、彼女の肌が粟立つような感覚を訴えた。それはごく近いところで魔法の術式が展開され、力場の歪みが生じた証だ。
敵襲。脳裏に浮かぶ最悪の二文字。
その間にも破砕音は近づいてくる。壁を、扉を、立ちふさがる幾重もの隔壁を破り、敵はここに至ろうとしている。
あと一歩なのだ。あと一歩で悲願に手が届く。なのに、それを邪魔する者がいる。真っ直ぐで揺るぎない信念のもと、行使された純粋なる力が、悲願の成就を阻もうとしている。なんとか、なんとかしなければ……
「っ!?」
ひときわ大きな炸裂音が轟いた。その爆音消えやらぬうちに、耳に届く凛とした声。
「禁呪を駆使した秘薬なんて……そんなもの、私が認めません!」
とうとう通路の奥、目視できるほどの距離に魔法の輝きが迫る。その急迫した事態が、かえって腹をくくらせた。もう、彼女は防御なんて考えない。逃走なんて思いつきもしない。何故ならこの機を逃せば、自分は――
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